IZONE宮脇咲良とイ・チェヨンがプロデュース48で仲良くなった理由

プロデュース48 最終回 プロデュース48
プロデュース48 最終回

韓国マスコミのIZ*ONEアイズワン関連ニュース翻訳

IZ*ONE宮脇咲良とイ・チェヨン、プロデュース48とCOLOR*IZ

2018年12月29日 TOP STAR NEWS

プロデュース48が終わってから早くも数か月が過ぎた。この番組で誕生したガールズグループIZ*ONEアイズワンはデビューから順調に成長を続けている。

2018MAMA IZ*ONE

2018MAMA IZ*ONE

そのため放送終了後でもデビュー後でもない現時点で企画記事を書くのは、今更のような気もする。

しかしあえて記事を書かせる出来事があった、それが”2018 Mnet Asian Music Awards”だった。このイベントも数週間前に終わったが、気の向くままに書いてようと思う。

IZ*ONE_The Boys / Girl's Generation│2018 MAMA FANS' CHOICE in JAPAN 181212
2018 MAMA IZ*ONE The Boys

IZ*ONEは12月12日、埼玉スーパーアリーナで開催の”2018 MAMA”で多彩なパフォーマンスを披露した。この日IZ*ONEはオープニングステージを飾った。ブラックスーツファッションで登場したIZ*ONEは少女時代”The Boys“を歌い完璧なダンスでガールクラッシュな魅力を放った。

Choi Yena, Honda Hitomi & SHOWNU, HYUNGWON & MOMO, MINA & JB, YUGYEOM_BOUNCE (Dubstep Ver.) / Choyon
2018 MAMA IZ*ONE 本田仁美 チェ・イェナ BOUNCE

チェ・イェナと本田仁美はMONSTAX、TWICE、GOT7と共にコラボステージを繰り広げた。リズミカルなダンスパージョンにアレンジしたチョー・ヨンピルの”Bounce“、”2018 MAMA”に相応しい華麗なパフォーマンスで視聴者を魅了した。

続いてステージに上がった12名の少女達がIZ*ONEとしてデビューするまでの過程を描いた映像が映し出された。IZ*ONEが誕生したプロデュース48最終回エンディング曲”夢見る間”と、IZ*ONEデビューミニアルバム”COLOR*IZ”収録曲で甘美なメロディーの”秘密の時間”は観衆の目と耳を奪った。

IZ*ONE_Rumor│2018 MAMA FANS' CHOICE in JAPAN 181212
2018 MAMA IZ*ONE RUMOR

さらにデビュー曲”La Vie en Rose“とプロデュース48のミッション曲のIZ*ONEバージョン”Rumor IZ*ONE ver.“で観客の爆発的な反応を引き出した。特に2018 MAMAで初めて披露した”Rumor IZ*ONE ver.“はファンの好評を博した。

宮脇咲良「チェヨンといっしょにデビューしたい」

IZ*ONE_Dear My Friends + INTRO + Memory│2018 MAMA FANS' CHOICE in JAPAN 181212
2018 MAMA IZ*ONE 宮脇咲良 イ・チェヨン

ファンから”最高の演出”と絶賛されたこの日のステージで最も注目を集めたのは”夢見る間”と”秘密の時間”の宮脇咲良とイ・チェヨンのダンスだった。ふたりのダンスの前にプロデュース48での日韓練習生の友情の象徴になった宮脇咲良の「チェヨンといっしょにデビューしたい」のシーンがスクリーンに映し出された時、形容し難い感情がこみ上げた。

アイズワン 宮脇咲良

IZ*ONE 宮脇咲良


この記事では、その形容し難い感情を言葉にしてみようと思う。宮脇咲良とイ・チェヨンのストーリーがこの記事のメインではあるが、IZ*ONEのストーリーでもある。そのためふたり以外のメンバーについても多くを割いたことを了承して欲しい。

記者も偏見と我執そして無知にあふれた人間だが、いくつか盲信する言葉がある。数年前の講演で聞いたキム・ジョンウン教授の「人間の欲求とは感嘆欲」という言葉。ここでいう感嘆欲とは感嘆したい欲求と感嘆されたい欲求を意味する。

この言葉をアイドル界に適用すると、感嘆したい欲求は主にファンが、感嘆されたい欲求は主にアイドルが抱くものである。アイドルを含め芸能人は人々を感嘆させてることで収入を得る職業。従って人々の感嘆したい欲求を満たせない者はデビュー出来ず、デビューしたとしても生計を維持するだけの収入が得られない確率が高い。

そのためプロデュースシリーズにはデビュー出来ない練習生だけでなく、現役アイドルもその門を叩く。プロデュース101シーズン2のNUEST、プロデュース48のAfter Schoolイ・ガウンが代表的な例だ。

実力があっても売れなかったクォン・ウンビ

アイズワン クォン・ウンビ

IZ*ONE クォン・ウンビ

IZ*ONEメンバーではリーダーのクォン・ウンビがこれに該当ずる。

ルックス、スタイル、歌唱力、ダンスなど何一つ欠ける物のない典型的な万能型メンバーと評されるクォン・ウンビ。IZ*ONEのメンバーとなった今となっては過去の話になったが、練習生時代の彼女に足りないものは時間だった。

1995年生まれのクォン・ウンビにとって今年は崖っぷちの年だった。1995年生まれで年齢と時間の心配をすることについて理解しづらいかもしれないが、2011年デビューのAPINKナムジュ、2012年デビューのAOAソリョンらが1995年生まれであることを考えると、クォン・ウンビが決して若くないことが分かる。

IZ*ONEのメンバーを見てもクォン・ウンビ、宮脇咲良、チェ・イェナ、カン・ヘウォン以外は2000年以降に生まれ、12名中8名は1990年代を知らない。

Kwon Eunbi クォン・ウンビ

Kwon Eunbi クォン・ウンビ

一度デビューに失敗して後がない1995年生まれ。プロデュース101シーズン1でイ・ヘインが語った”焦る人”そのもので、結果によっては歌手の夢を諦めなけらばならない状況だった。

デビュー前のクォン・ウンビは実力がない訳ではなかったのに、なぜギリギリまで追い込まれたのか。

それは彼女を”理解してくれる人”と”感嘆してくれる人”に出会えなかったためだった。そのため色々と問題は多いが生き残れば夢がかなう番組でもあるプロデュース48に挑戦するしかなかった。

歌はうまくてもアイドルらしくない チョ・ユリ

アイズワン チョ・ユリ

IZ*ONE チョ・ユリ

クォン・ウンビほどではないにしろ、IZ*ONEメンバーの中にも感嘆に渇望したメンバーが存在する。その中のひとりが”アイドル学校”でデビューに失敗したチョ・ユリ。

Ment”アイドル学校”が2017年の放送だったので、彼女は2年連続でMnetのサバイバルオーディション番組に出演したことになる。チョ・ユリはプロデュース48放送当時「私はガールズグループをやりたいけど、歌声がアイドルにふさわしくないと言われる」と語ったことがある。アイドルはこの理由ひとつだけでデビュー出来ないことがあるため、彼女が傷ついても不思議ではない。

さらにチョ・ユリは一度サバイバルオーディション番組で失敗した経験があるため、この言葉を聞き流せなかった。

デビューに失敗して自信喪失 キム・ミンジュ

アイズワン キム・ミンジュ

IZ*ONE キム・ミンジュ

IZ*ONEのビジュアルメンバーのひとりキム・ミンジュ。

彼女はプロデュース48練習生が選ぶビジュアルセンター第2位に選ばれたことがあるが、自身について”曖昧”と語り、自信なさげな姿を見せた。自ら名付けたニックネーム”か弱いカエル”が番組の中の彼女の姿にピッタリで、それがそのままキャラクターになった。

自信を失った理由について番組の中でのインタビューで「何回かデビューが流れ、それで自信を失った」と語った。

この自信のなさがよく現れていたのがグループバトル最高のビッグマッチだった”Very Very Very“のボジション分けの時だった。他のメンバーがキム・ミンジュをセンターに推薦したが彼女は拒絶した。

グループバトル前のレベル審査でDクラス判定を受けた彼女は全く面識のない宮脇咲良の指名を受け、いわゆるアベンジャーズチームに加わるという幸運に恵まれたが、その幸運を生かせなかった。その後、アベンジャーズチームは数度センターを変える苦労を味わった。

センターがアルファでありベータであるプロデュースシリーズでセンターを拒絶する。センターを誰にするかで神経戦を繰り広げ、センターになれなかったために番組のプッシュもなく放送分量もないいまま脱落するのが当たり前のプロデュースシリーズでは信じられない姿だった。

既に2度のシーズンが放送され、センターの重要性をキム・ミンジュ知らないはずがない。それほど彼女は自信を失っていた。

実力があっても日本では無名だった本田仁美

アイズワン 本田仁美

IZ*ONE 本田仁美


AKB48の中で唯一IZ*ONEメンバーに選ばれた本田仁美。彼女はAKB48の代表的システム”総選挙”で中位圏にさえ入れない無名メンバーだった。

プロデュース48で才能と努力を認められ、第2回レベル審査でAクラス判定を受け、”Very Very Very”の練習では韓国人練習生より先に振付を覚え教える側に回った。しかし日本ではこの能力が総選挙での得票につながったり知名度を高めるのに役立つ保証はない。

プロデュース48に挑戦しなければ故郷の栃木でアイドル生活を終える可能性もなくはなかった。

2度のオーディション落選を経験したイ・チェヨン

アイズワン イ・チェヨン

IZ*ONE イ・チェヨン


この記事の主役の一人、イ・チェヨン。

イ・チェヨンはIZ*ONEメンバーはもちろんプロデュース48参加者の中で最高の実力者。

ダンスにおいては誰も否定出来ないプロデュース48ナンバーワン、歌唱力も高い。ナンバーワンダンサーでありながら、最終回までの3回のバトルで全てメインボーカルを務めたイ・チェヨン。

トレーナーとして出演したソユが「ダンスのレッスンを受けたい」と激賞したメンバーであり、レベル審査では体調を崩しながらも全てAクラス判定のロイヤルA判定を受けた。

実力だけで判断するのなら余裕でデビューメンバーに入るレベル。実力不足でトレーナーから叱責されたり、成長して感動を呼ぶことが多いプロデュースシリーズだが、イ・チェヨンはそのどちらにも該当しない。

しかしそんな彼女にも自信不足という問題が存在した。イ・チェヨンにとっての自信不足とは”上手くやる自信”ではなく”選ばれる自信”不足だった。

すでに”K-POP STAR”と”SIXTEEN”という2度のサバイバルを経験したイ・チェヨン。過酷なサバイバルに2度挑戦したが夢をかなえられず、今回3度目の挑戦になったが、本人にとっては気分のいい話ではない。プロデュース48のプロフィールには「サバイバルを知り尽くしたチェヨン」と書いているが、誰が過酷なサバイバルに何度も出演して”知り尽くしたい”と思うだろうか。

振り返るとイ・チェヨンは投票順位推移が良好な練習生ではあったが、ほとんどが10位以下で予断を許さない状況が続き最終回で辛うじて12位に滑り込んだ。順位を一つ落とせばデビュー出来なかった。

視聴者投票では順調に票を集めたものの、コンテスト会場での観客投票では実力を基準にすれば納得し難い結果になった事もあった。ポジション評価では得意のガールクラッシュ的ダンス曲”Sorry Not Sorry“で1位になれず、これでは自信を失っても仕方がなかった。

コンセプト評価では希望した”I AM“組、”다시 만나“組に入れず、仕方なく”1000%“組に加わった。コンセプト評価曲は国民プロデューサーが決めたものだが、再編成後の”I AM”、”다시 만나”では練習生から選択されなかった。

つまりイ・チェヨンはプロデュース48でコンテスト会場を訪れた国民プロデューサー、共に練習してきた練習生の双方から選択されないという経験を味わった。特に”I AM”組は第2回順位発表式までリーダーとして他のメンバーの練習を手伝って来ただけに衝撃は大きかった。

“1000%”組は本来のメンバーの大半が第2回順位発表式で脱落したため、他の組を追われたメンバーが”1000%”に集まることになった。希望する曲ではない上に、メンバーは練習不足、さらに組を追われた衝撃で平常心ではない状態だった。

これらの悪条件を乗り越え素晴らしいステージを披露したが、誰がこのシナリオを体験したがるというのか。

イ・チェヨンは番組の中で「センターには自信感とビジュアルが必要だが私には二つとも無い」と語った。いくら実力があっても”選択される”という保証がなければ、自信を失っても仕方がない。

得意な事を生かし、苦手な部分を補完して国民プロデューサーから認められようとするのが普通だが、いくら実力があっても選択されなければ、練習生はどうすればいいのか。

この世で最も美しい花でも、誰からも見られなければ無名の花になる。

アイドルは誰かの心の中の咲く唯一のバラの花にならなければならない。そうならなければ無数のバラの花のひとつになるだけ。

安定を捨ててプロデュース48に挑んだ宮脇咲良

無数のバラになる危険が高まったイ・チェヨンを、真っ先に選択した練習生が宮脇咲良だった。

プロデュース48の中で最初に練習生を選ぶ機会が訪れたのはグループバトルだった。エムカウントダウンのステージでセンターを務めた宮脇咲良はグループバトルのメンバーを選ぶ権利を得た。 エムカウントダウンのセンター宮脇咲良はその権利を行使した。

そして宮脇咲良の最初の選択はイ・チェヨンだった。これによりイ・チェヨンはプロデュース48で練習生から選ばれた初の練習生になった。

イ・チェヨンを真っ先に選んだ宮脇咲良と前述のコンセプト評価の韓国人練習生は対照的だった。

アイズワン 宮脇咲良

IZ*ONE 宮脇咲良


宮脇咲良はAKB48総選挙で3位になるほどの超人気メンバー、プロデュース48でも何度もセンターを務め注目を集めた。プロデュース48視聴者投票でも最も低かったのが7位で安定して上位圏を維持した。デビューどころか脱落の危機にあった練習生にとってはそれこそ夢の練習生。2012年デビューで6年のキャリアがあるが21歳と若い。

その宮脇咲良はプロデュース48開始当初から不安感を語った。

人気アイドルとして現在の地位に満足してもよかった彼女は、自分の地位について「日本だから得られたもの」と冷静に語った。

宮脇咲良が語ったのは実力に対する不安感だった。

プロデュース48開始当時”日本からやって来たアイドルのラストボス”的な存在だった宮脇咲良は、心の中でFクラスを覚悟し十分に成功したアイドルの口からは出たとは思えない「人生を変えたい」と語る少女だった。

宮脇咲良は前述の練習生とは違う意味で”理解してくれる人”がおらず、プロデュース48出演前まで「実力を成長させたい」という熱望に耳を傾けてもらえなかった。

AKB48の所属事務所AKSの立場から見ると、歌とダンスの能力は売上に及ぼす影響が少ないため、宮脇咲良の意向を聞き入れなければならない理由がなかった。はっきり言えば、トレーニングするより握手会を増やす方が利益になるためだ。

プロデュース48では日本人練習生が短時間で成長する姿が見られた。これは韓国人トレーナーの優秀さを示すシーンでもあり、AKB48システムを運営するAKSが”歌手”としてのアイドル育成を疎かにしてきたことを浮き彫りにするシーンでもあった。世界2位の音楽市場を持つ日本から意を決して韓国にやって来た少女たちの実力を成長させられないはずがなかった。

宮脇咲良の気持を十分に理解してくれる人がいたのであれば、わざわざ遠い韓国まで来て狂ったようなスケジュールを消化することもなかっただろう。

宮脇咲良レベルの地位にいる人間であればプロデュース48挑戦は望まない選択である。

人気も収入も高いのに遠い国まで来て軍隊のような合宿生活を送り、トレーニングをしながら日本のスケジュールのために日韓を行き来し、場合によってはこれまでの名声に傷がつく危険もある番組に出演した。

なぜ宮脇咲良はこんな誤った選択をしなければならなかったのか。

人間には誤った選択をしなければならない時が訪れる。宮脇咲良は実力の足りない自分を変えたい、日本のトップアイドルからグローバルアイドルになりたかった。

教科書で学んだ自己現実の欲求が彼女を動かした。

そんな宮脇咲良の行動はヘルマン・ヘッセの”デミアン”の一説「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。 卵は世界だ。 生まれようと欲するものは 一つの世界を破壊しなければならない」を思い起こさせた。

鳥が卵から抜け出し飛び立つためには羽が必要だ。宮脇咲良にとっての羽はイ・チェヨンだった。

羨望と憧憬の対象ではなく、助けなければならない友人として宮脇咲良に接したイ・チェヨン。

誰よりもイ・チェヨンの実力を認め、そのステージに感動した宮脇咲良。

初めて練習生を選ぶ権利を得た練習生と、その練習生に真っ先に選ばれた練習生になったふたり。

デビューメンバーが決まる前、他の練習生の名前を呼んだ最後の練習生になり、デビューメンバーが決まる前、他の練習生に名前を呼ばれた最後の練習生になった。

そして最後に残った一つの椅子、12位の椅子をイ・チェヨンが獲得してこのストーリは完璧に完成した。

プロデュース48最終回

プロデュース48最終回

私にとってこのストーリーが感動的だった理由は、プロデュースシリーズ自体が銃声のない戦場だったからだ。

国民プロデューサーという”インターネット軍人”が戦力を集め、戦闘を繰り広げ、同盟を組み戦線を形成する戦場。時には自分が応援する練習生の脅威になるライバル練習生の引きずり下ろしを企む殺伐とした戦場。

これまでのシリーズと同様にプロデュース48も殺伐とした戦場となり、この戦争を見守る視聴者をうんざりさせたことが、最終回への期待感を低めた。

そんな中でこのシーンを生放送で視聴すれば、言葉通り戦場に咲く花のように見えるしかなかった。多数の練習生を絶壁に追いやり、出演分量を争うプロデュースシリーズのラストシーンを飾るのが、こんな美しい友情になるとは全く予想外だった。

いずれにしろ、宮脇咲良、イ・チェヨンらプロデュース48で選ばれた12人は、様々な困難を経験したが”自分を理解してくれる人”によってIZ*ONEという名前を得ることになった。

そんなIZ*ONEのデビューアルバムが”COLOR*IZ”、デビュー曲が”La Vie en Rose”

“COLOR*IZ”は”色付けする”という意味を持つ英単語”Coloriz”からつけたアルバムタイトル。

IZ*ONEの情熱を最も形象化した色、その色を最も美しく情熱的に表現した薔薇をコンセプトにした。

“COLOR*IZ”の”IZ”はIZ*ONEのIZであり、またIZが数字の12に似ているため12色という解釈ができる。

デビュー曲”La Vie en Rose”はIZ*ONEの魅力を感じさせる曲で、中毒性の高いサビが印象的。フランス語で”バラ色の人生”という意味を持つタイトルのようにIZ*ONEの情熱で「私と君、そして我々全ての人生をバラ色に染める」というメッセージが込められた。

この記事を書くと決心してから再び”COLOR*IZ”を聴きながらある詩が思い浮かんだ。詩人キム・チョンスの”花”

有名な詩でもあり、知識人を装うために言及したのではないことを予め断っておく。

“花”は以下の通り


私がその名を呼ぶ前は

それはただ

一つの仕草に過ぎなかった

私がその名を呼んだとき

それは私のもとに来て

花になった

私がその名を呼んだように

私の色と香りにふさわしい

誰か私の名を呼んでください

その人のもとで私も

その人の花になりたい

私たちはみな

何かになりたい

君は私の 私は君の

忘れられない ひとつの仕草になりたい


IZONE COLOR IZ トラックリスト

IZ*ONEデビューアルバム”COLOR*IZ”トラックリスト

この詩を思い浮かべると”COLOR*IZ”の企画意図はこのように感じた。


私を理解してくれる人に出会う日を待ち”秘密の時間”の中で生きて来た少女たちが

誰かが私の名前を呼んで私の価値を理解してくれる瞬間、私だけの”美しい色”を発し

そのすべての色の共通分母”情熱の赤”が”La Vie en Rose”を作る


この記事で扱った宮脇咲良とイ・チェヨンの友情にファンが感動したことも、話題になった”BOOMBAYAH”のカン・ヘウォンと佐藤美波の親子愛に微笑んたことも、チョ・ユリとチェ・イェナの掛け合いを楽しんだことも、結局は我々も感嘆し感嘆されたい人間だからだ。

私も認められたい。私も誰かに理解されたい。多くの人々が私に感嘆して欲しい。

「そんな事は考えなくなった」というあなたにも小さな期待が残っているのではないだろうか。

まもなく2019年になる。新年は読者全員が”理解してくれる人”と”理解したい人”に出会う事を願う。

(翻訳終わり)

プロデュース48最終回

プロデュース48最終回

ここまで読んだ人、暇だね! いやお疲れ様でした。

元記事は伝達力のある文章ですが、翻訳がそれを激しく破壊しました。その点ご了承ください。


補足

1月24日追記

イ・チェヨンが”選択されなかった”状況

グループバトル
アン・ユジンがチェ・イェナを指名してグループに入れる。

ボジション評価
アン・ユジン、チェ・イェナ、イ・チェヨンが同じグループ。

コンセプト評価 (2次発表式前)

  • “I AM”1組
    • イ・ガウン
    • ホ・ユンジン
    • イ・チェヨン
  • “I AM”2組
    • アン・ユジン
    • チェ・イェナ
    • 高橋朱里

コンセプト評価 (2次発表式後)

  • チェ・イェナ (YUEYUA)
  • アン・ユジン (STAR SHIP)
  • イ・ガウン (PLEDIS)
  • ホ・ユンジン (PLEDIS)
  • イ・チェヨン
  • 高橋朱里


というのが投票前の流れ。

同じ事務所のイ・ガウンとホ・ユンジン。

ここまで全て同じグループだったアン・ユジンとチェ・イェナ。

この二組が談合して追い出すメンバーを決定したと思われても仕方がない状況ではあった。


同じ記者が書いた記事。3番目は翻訳してないけど、プロデュースシリーズを全部見た人なら楽しめる記事、というよりプロデュースシリーズの大ファンという事がよくわかる記事。

日本の自称翻訳家が書いたプロデュース48の記事。上の記事がプロデュース48への愛で書いた記事とするなら、この記事はプロデュース48への嫌悪で書いた記事。


殺伐とした戦場を飛び交う実弾。

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